「フィールドフォースさんはいいですね、やりたいことがお好きなようにできて」
皮肉めいた妬みでも、尾を引くような嫉みでもない。それが率直な感想だったのだと思います。
千葉県の柏市長(当時)と面談したのは2年半ほど前。クリスマスイヴの日だったので、余計に覚えているのかもしれません。思いがけぬ投げ掛けにいささか高揚する私に、市長がこう続けました。
「逆に役所というのは、トライ&エラーは許されないんです。失敗をしないために、たくさんの調査をして分析や評価をして、根回しもしてからでないと物事が動いていきません…」
われわれフィールドフォース(FF社)は、昨年の暮れに柏市内にボールパーク柏の葉をオープンし、東京都の足立区にあった本社機能もそこに移しました。市長と面談したのは、市営の富勢運動場野球場について5年間のスポンサー契約をするため。同球場は今、「フィールドフォースB-SITE TOMISE」として稼働しています。
本社機能を伴うボールパーク柏の葉(下)のオープンは2022年12月。所在地となる千葉県柏市とはそれに先駆けて2年前からスポンサー契約を結び、富勢野球場が「フィールドフォースB-SITE TOMISE」に(上)
市長が漏らした感想は、私にとっては最大級の賛辞でした。「やはり、役所はたいへんなんですね」くらいしか返せませんでしたが、心の内で燃えてくるものがありました。FF社は民間企業の中でも「トライ&エラーが許される」組織であるのは事実。むしろ、それを社内で推奨し、率先してきているのが社長のこの私なのです。
偉そうに社長業を語るつもりはありませんが、私の日々は選択の連続です。時にある大きな決断も含めて、ためらったり、迷っている暇がほとんどありません。社業がある程度の軌道に乗ってからは、常に選択、選択を迫られて生きてきています。
それでも仲間2人との創業から17年、今日があるということは、少なくとも選択をしくじってばかりではなかったのだと自負しています。もちろん、失敗は山ほど、苦い経験も数えきれません。選択肢に囲まれる毎日はまた、思うようにならないことで埋もれていきます。しかし、それでも必ずどこかに光がある。漆黒の闇ではないから、突っ走るべき道が輝いて見えてくるのかもしれません。
そしてそんな私の背中を押してくれる、座右の銘がこれです。
『巧遅(こうち)は拙速(せっそく)に如(し)かず』――。
この言葉を知った経緯やタイミングは自分でもよくわかりません。でも、とにかく、いつもこの言葉に励まされてきているのは確かです。
あらためて調べてみると、出典も諸説あるとのこと。500年前の中国の春秋時代に名将が残した兵法書にある言葉で、『戦いは多少の問題があろうと素早く行うのが良くて、長期化させても良いことはない』という解釈が一般的なようです。
私は勝手に、こういう意訳をしてきました。たとえ上手でも遅いというのは、少々は粗悪でも早いことには及ばない。この考えが選択の日々の根本にあります。『巧遅は拙速に如かず』が批判に用いられたり、真逆を唱える経営者もまたたくさんいることでしょう。是非を論じるつもりはありません。ここから先は私の考え方と経験則、哲学的な話になります。
トライ&エラーの「エラー」はサクセスへの手掛かり。クレームも独自商品をブラッシュアップしてくれる。写真は6月14日配信の『練習の質向上会議』より。右端が筆者
目の前の選択肢に対して、時間をかけて検討や熟慮をした結果、何も選ばない。ハイリスクに怯えて足がすくんでしまう、というのは私にとって最悪の決断。熟考の末に「楽なものを」という選択は次悪の決断です。難易度を選ぶ基準とした時点で、夢や希望といったものが一気に薄れてしまい、義務感で着手しても結果が出るどころか、達成感や充実感も何ら得ることなく、元の木阿弥に。
やってもムダだったね、というオチ。またそこに至るようなサイクルは、私が最も避けたいところ。それならば最初から何もやらないほうがいいし、負のサイクルに陥るとチャレンジ精神がどんどん損なわれてしまいます。人はじっくりと時間をかけて考えるほど、腰が重くなってきて楽なものを選びがち、というのが私の経験則です。
毎月生むアイテムの目標は3つ。発売がゴールではなく、改善改良を重ねていくので「失敗作」という概念が基本的にない。写真左は筆者、右は秋山浩保柏市長(2021年当時)
では、私の選択が完璧なのかというと、決してそんなこともない。だからこそ、戒めや教訓として『巧遅は拙速に如かず』を己に言い聞かせるのです。複数の選択肢がある中で、一番自分が不得意で、ちょっと厳しいだろうなというものを行動力でまずやってみる。多少は拙くても時間をかけずにトライする。そしてうまくいかなければ、やり方を変えて、またやり直せばいい。
その繰り返しで人は成長して、価値や魅力が向上していくのだと思います。無意識にそういう選択ができるようになるのが私の究極の理想で、ここにきてようやく、理想に足を踏み入れられてきたような気がしています。若干の負荷がかかる選択をスムーズにできるようになってきているからです。
選択の後にカギになるのが、優先順位。物事は大半が同時進行している中で、すべてに同じ力量を注ぎ込むのは不可能です。そこで優先順位の高いものから、自分の労力やスキルを投入していく。ここまでは無意識でできるようになってきたのかもしれません。
そしてその上で、私が意識的にしているのは「公言」。まずは決断(無意識の選択)を広くみなさんに聞いてもらう。そしてその道を得意分野とする人や、興味を持ってくれる人たちを巻き込んで、小さなグループや組織として着手していく。直近でいうと、この『学童野球メディア』がまさにそれです。
みなさまへ決意表明をしてから3カ月強。まだまだゴールは果てしなく遠いところにありますが、頭の中で描いていたものが少しずつ絵になってきたようです。おぼろげながら、輪郭を持ち始めていることに喜びを感じています。私も編集部も希望と気概に満ちています。前例になかったものを形にせんと、トライを重ねています。
では最後に、社長として最低限の規範をひとつ。どんなに選択に迫られて、時間も余裕もまるでないとしても、私に声を掛けてくれた相手には誠意をもって対応すること。特に社内においては、これを肝に銘じています。
組織のトップに社員が話し掛けるときというのは、どうにもならない悩み事でせっぱ詰まっていたり、自分の方針や答えはもう出ているけど追認を求めていたり、というケースが大半です。私自身もかつてはそういう社員の一人でした。
そういうアプローチに対して、私が“めんどくせ~な!”という顔を一瞬でも見せたら、もう二度と声を掛けてくれなくなることでしょう。あるいは、また声を掛けてくれる社員がいたとしても、高くなった敷居を乗り越えるには時間がかかることでしょう。結果、会社にとって重要な事案なども後回しにされていくことに。
それもまた『巧遅は拙速に如かず』の私の解釈とは真反対の由々しき事態。だからみなさん、これからも気兼ねなく呼んでください。いつ、どこであろうとも。
「吉村さん!」と。
(吉村尚記)